レガシーの継承から考えるサステナブルとランドスケープ
Tokyo
Workshop 2024.12 : レガシーの継承から考えるサステナブルとランドスケープ
U100 Initiativeは、東邦レオ株式会社と竹中工務店の協力を得て、2024年12月6日にWorkshop 2024.12 「レガシーの継承から考えるサステナブルとランドスケープ」を開催しました。U100 Initiativeのメンバーでジャーナリストの高橋真樹が、その概要をレポートします。
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概要
ワークショップ当日は、U100 Initiative の会員やスタッフ合わせて30名が参加。東京都千代田区にある歴史的建造物である九段ハウスを訪れ、貴重な建物を残す意義について学びました。また、視察やディスカッションを通して、持続可能な建築設計や都市開発に対する新たな視点を得ました。
九段ハウス建物概要
ワークショップの舞台となった九段ハウス(旧山口萬吉邸)は、新潟県長岡市出身の財界人である5代目山口萬吉の私邸として、1927年(昭和2年)に建築されました。建築から100年近くが経っていますが、強固な耐震設計である壁式鉄筋コンクリート造により、戦時中の空襲も生き延び、建築当時の姿を残しています。
終戦後はGHQに接収され、外国政府などが使用していましたが、1963年から再び山口萬吉の子息一家が使用することになります。高度成長期を迎えて、周囲の建物が次々と建て替えられる中で、この建物はその姿をとどめてきました。
そして、この貴重な文化遺産(レガシー)を保存・活用するため、東急、竹中工務店、東邦レオの3社が共同事業者として所有者からマスターリースを受け、改修工事を実施。東邦レオが共同事業主から運営委託を受けています。改修後には、強固な耐震性とスパニッシュ建築様式が歴史的価値を持つと認められ、「登録有形文化財」に登録されました。現在は、企業のイベントスペースとして貸し出したり、ビジネスイノベーション拠点として活用されたりしています。
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施設の自由見学と案内
九段ハウスは、都心のビルに囲まれた一角にありました。入り口にある白いアーチをくぐると、印象的な白い建物と、木々の生い茂る静かなランドスケープが広がっています。つい先ほどまでの喧騒から離れて、まるでそこだけ時間が止まっているかのようでした。
3階の広間に集まって始まったワークショップでは、事前説明はせずに、建物内を自由に見学する時間が取られました。九段ハウスは3階建てで、地下室もあります。あちこちに、見たこともない設備や調度品などもあり、「建築のプロ」である参加者の皆さんも、思わず足を止めて見入っていました。
一つひとつ特徴の違う窓やドア、大理石の階段の手すり、洋式のシャワー、重厚でアンティークな家具、謎のスイッチ、壁やガラス、床のタイルなどに刻まれた細やかな模様などなど・・・。また、洋館でありながら和室があることも話題になりました。参加者は、説明を受ける前に自ら発見するアクティブ・ラーニングの手法で、気になるところを当日のLINEグループにアップしていきましたが、時間が足りないくらいでした。
その後、3グループに分かれ、施設を運営する東邦レオのスタッフの方にご案内いただきました。これが、自由見学の時間に考えた疑問の答え合わせにもなりました。
例えば、窓の上にある謎の膨らみは、金属製のシャッターが収納されている場所です。ボタンを押せば、自重でガラガラとゆっくり降りる仕組みになっています。シャッターを上げる時は、ハンドルをつけて手動で巻き上げます。また、壁の上下に空いている格子状の穴は、換気と空調のための穴でした。鉄製の窓も、軽い力で開け閉めできる工夫がされています。
建物は、要所要所で改修はされているのですが、基本的には元の形を残したまま活かすことを優先されています。見学を通じて印象的だったことは、外構や調度品、設備も含めて、建物全体が貴重な歴史的な遺産になっていることでした。
2Fにある和室は、ベッドでは落ち着いて寝られないと考えた、山口萬吉氏のお母様のために作られたものです。洋館の中に和室があるのは珍しい作りですが、私は不思議と違和感なくマッチしていると感じました。また、地下には石炭を燃料とするドイツ製のストーブが展示されています。建設当初は、石炭をくべる専用の職員が住み込みで働いていたと言います。
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意見交換
その後、再び3階の広間に集まり、参加者と東邦レオのスタッフが意見交換や、九段ハウスの活用を含めた東邦レオの活動についての説明をしていただきました。
見学を終えた参加者からは、以下のような感想が出ました。
・ここでしか見られない仕組みのスチール製の窓枠などがきれいに残っているのは感動した。
・設計士の視点から見ても、どこを新しくしたかあまりわからないくらい、古いものを活かしたリノベだと感じた。
・ガラスの模様が、よく見るとそれぞれ違う。細部へのこだわりがすごく魅力的。
・100年近く前という時代を感じさせない、今でもおしゃれな居住空間。
・普段は断熱による省エネ化に取り組んでいますが、このような建物は外も中も価値がある作りで、手を入れにくい。何でも省エネすれば良いというわけではないのかなと思った。
・当時の人たちが、どういう振る舞いだったか想像して楽しかった。今の建物は、設備や技術のレベルは上がっているが、空間に入った時に気持ちが高揚するかどうかは考えられてはいない。そういった、志の高さのようなものを継承できていないのではないかと感じた。
その後、再び3階の広間に集まり、参加者と東邦レオのスタッフが意見交換や、九段ハウスの活用を含めた東邦レオの活動についての説明をしていただきました。
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東邦レオ株式会社によるプレゼンテーション
参加者のコメントを受けて、東邦レオの喜多さんからは、次のような解説や説明がありました。
東邦レオは現在、建物やエリアの改修を含めて、不動産価値を上げるためのプロデュースを行なっています。喜多さんは、「単純にリノベーションをしているわけではなく、運営を含めた再生」と表現します。九段ハウスのプロジェクトは、元々あったものに貴重な価値があるので、変更は最小限に抑えながら改修工事を行い、レガシーを継承して活用しています。
現在は、東邦レオがこの建物をプロデュースして、ファッションブランドなどの企業の展示販売会やワークショップ、ビジネス交流会などに貸し出しています。都心の一等地にあるこの場所は、相続税や固定資産税だけでも相当かかり、維持するのは大変です。会場の貸し出し費用は、主にそのような維持費に充てられています。
喜多さんは言います。
「この事業はレガシーを大切にしているため、個人などで借りたいという方がいてもお断りしているケースもあります。九段ハウスのオーナーの方は、この建物をなくしてはいけないという思いで代々つなげてこられました。私たちもその想いに共感し、ブランド価値を大切にして維持しています」
また、九段ハウスのようなプロジェクトを自社のみで増やしていこうと考えているわけではないとも言います。
「九段ハウスをビジネスとして成り立たせることで、他の会社が他の物件で真似してくれるのではないかと期待しています。歴史的な遺産を未来につなげていくための、ケーススタディとしての認識を持っています」
参加者の岩田さんは、そのポリシーについて次のようにコメントしました。
「建築的な面の素晴らしさだけでなく、企業にスペースを利用してもらいビジネスとして収益を上げることで、建物を維持していることが素晴らしいと感じました。サステナブルであるというのは、収益を上げることも必要であることを示している事例だと思います」
最後に金田さんがこのように言いました。
「ドイツでも、古い建物が数多く残されていますが、建物を良い状態で残すためには、途方もない努力が積み重ねられています。ヨーロッパだから古いものが残っているということではなく、日本でも実現可能です。そのために必要なことは、政策だったり、関わる人々の思いだったりといろいろあるのですが、何より、サステナブルなビジネスとして成り立っているという要素も欠かせません。そのことを、九段ハウスのプロジェクトは証明しているのではないでしょうか」
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参加者アンケート
事後のアンケートでは、印象に残った内容として以下のようなコメントがありました。
「文化的な価値の高い建物を自由に見学できたこと」
「年月の経った建物の活用を、肌で感じることができ、とても良い経験でした」
「レジェンド物件の持つ価値が大きな経済効果をもたらす事で、サスティナブルな存在となり得ること」
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取材を終えて(筆者の感想)
私はこれまで、世界各地の歴史的な街並みを見てきました。そうした国々では、古い建物が長く大事に受け継がれていることが当たり前になっています。しかし日本では、わずか100年前の建物でさえ、ほとんど残っていません。その意味でも、今回訪れた九段ハウスが多くの人々の思いと共に残されたことは、素晴らしいことだと思います。しかも、観光名所などではなく、都心の一等地にある一般の邸宅として残っていることに驚きました。歴史的な価値ある建物をビジネスとして利用できるよう改修して維持するこのような取り組みは、建て壊しの危機にさらされている同様の物件を守り、未来につなげるモデルケースになるのではないかと感じました。
レポート執筆:高橋真樹
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。持続可能性をテーマに執筆。エコハウスに暮らす「断熱ジャーナリスト」でもある。著書に『「断熱」が日本を救う 健康・経済・省エネの切り札』(集英社新書)、『日本のSDGs -それってほんとにサステナブル?』(大月書店)ほか多数。エコハウスブログ「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」(http://koedo-home.com/)、公式サイト(https://t-masaki.com/)